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『ニート』 |
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2005年10月 角川書店刊
「へたれ」他全五篇の短篇集。 |
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現代のダメ男を描かせたら、絲山さんの右に出る人はいないと思う。“ダメ”というと響きは悪いかもしれないが、ようするに一般的な規範からはみだした、いびつな男たちである。
絲山さんの新作短編集『ニート』のなかの表題作『ニート』とその続編と『2+1』も、そんな男をめぐる物語である。「あらゆる権利の外にいて、健康だが働いてもいないし働く気もない」ニートのキミと、かつては彼と似た立場にあったものの、今は作家として社会から認められ安定した生活を手に入れつつある「私」。借金と光熱費の取り立てに怯え、食事もままならず、かろうじてネットだけで生存が確認できる状況に陥っているキミは、社会には完全にダメ男である。そのキミに、「私」は「昔の自分に金を貸したい」と言ってお金を貸す。それでも1年後に行き詰まってしまったキミを、「私」はついには女友達と同居しているマンションに保護し、しばらくの間、生活を共にする。
その事柄だけ取り出すとヒモのようなキミであるが、彼はヒモになるほどの悪意も持たず、あくまでも無気力である。また「私」にしても、例えば恋愛感情のように、キミに援助をするはっきりとした理由があるわけではない。しかし、そんなキミに手を差し伸べずにはいられない「私」の感情の動きが、物語の中では丹念に綴られていく。
ニートでなくなった今でも、どこか足もとが覚束ない感覚を持ち続けている「私」、そしてニートのキミに手を差し伸べることは、自分の優越性を確認したいという欲望であると露悪的に考える「私」、そしてキミを救いながら、彼の将来まで考えることは否定する「私」。困窮しても、助けを求める行動すら起こさず、むしろ「強い気持ちで何もしたくない」と思っているようなキミ、それでも「私」から差し伸べられた手を握ってしまったキミ、一方で「私」から庇護を受けることには躊躇を感じ続けるキミ。「私」とキミは、そんなさまざまな感情を隠すでもなくぶつけ合うでもなく、淡々と食事をしてSEXをして眠る。しかし一見、問題を先送りにしているような日々のなかで、「私」はキミへの思いをつのらせていく。
物語の中で雄弁に語られるキミを通して浮き彫りになってくるのは、強いようでいて実は今でも社会や周囲の人間と上手く折り合えていない「私」の姿である。そんな「私」にとって、キミの世の中に対する「どうでもいい」という有り様、そして唯一の“かわいげ”という取り柄は、かけがえのない価値を持つ。それが、秩序だった社会やそこにうまく同化している人にとっては、全く無意味なものであったとしても。だから、いつかキミとの関係を失うことを思って泣くのは、「私」のほうである。
どうしようもない男への甘くエゴイスティックな感情。逃げたいと思っている男の自我をひしひしと感じながら、どこかで繋がり続けていたいと願う気持ち。そんな「私」のキミへの強い思い、愛や恋といった言葉では表現できない曖昧で複雑な感情は、それを読む我々の気持ちを揺さぶってくる。
また『2+1』の最後には、「答え=3」とはいえない結末が用意されている。しかしいびつで弱い人間同志とそこに過剰に溢れだした思いが交錯する物語に、計算式どおりではない結末は必然ともいえる。そこに新しく生まれた「私」の思いは、またじんわりと我々の胸にしみ通ってくる。
同短編集には、また違う意味で“ダメな男”が登場する『へたれ』と『愛なんかいらね〜』、抑えた文章の中に閃光のような激しい感情を込めた『ベル・エポック』が収められている。これらの作品も、一筋縄ではいかない人間の感情が丹念に見つめられ、絲山さんらしい研ぎすまされた言葉で表現されていて秀逸。
by はづき |
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